令和七年度(二〇二五年度)福岡女子大学第七十六回入学式及び大学院第三十三回入学式 式辞
本日ここに、服部福岡県知事、香原福岡県議会議長をはじめとするご来賓の方々のご列席を得て、第七十六回入学式及び大学院第三十三回入学式を挙行できますことを大変うれしく思います。
学びの場を求めて遥か海外から来られた留学生を含む学部新入生246名、大学院生13名、お一人お一人を心から歓迎いたします。また、海外の交流協定校から派遣され、現代日本の社会と文化を学ぶ国際プログラムに参加される22名の留学生、そして同じく協定校から学部受入の交換学生として専門課程で学ぶ14名の留学生、あわせて36名の留学生が、この式典に参加されています。ようこそ福女大(FWU)にお越しくださいました。
パンデミックによる学校の突然の休校措置とそれに続くオンライン授業など、激しい環境の波にもまれながらも勉学に励まれ、入学試験をくぐり抜けて、晴れて合格された皆さまに特別の祝意を、またお子様の志を支えてこられたご家族、そして支援を惜しまれなかった先生方には労いの言葉を表したいと思います。
朝日新聞の第一面に掲載されている「折々のことば」をご存じでしょうか。哲学者鷲田清一氏が拾い集め、わずか180字足らずでありながら、深い読みと明晰な解説により、このコラムは紙面全体に静謐な基調と佇まいを作り出しています。連載はこの四月で丸十年になります。収集されたことばを眺めてみると、常識を覆し、矛盾をはらむ言葉が、世の中の真理をつき、人の心を打つことを思い知ります。例を挙げてみましょう。
〇多くの人に伝えたいなら、たった一人に伝えること(古舘伊知郎)※1
〇自信のない声や、いい淀(よど)む声、朴訥(ぼくとつ)な声や、なにかに身を捧げるような静かな声のほうに真実味を感じる。(島田潤一郎)※2
〇中央に、真んなかに根源的なものはない。(播磨靖夫)※3
〇いい写真というものは、写したのではなくて、写ったのである。(土門拳)※4
こうした言葉から、私は夏目漱石の『夢十夜』の一節を思い起こします。漱石は、仏師運慶の仕事ぶりを作中人物に、次のように語らせています。
「なあに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が〔既に〕木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ」
彫刻という仕事の通念を破るこの捉え方は、言い伝えでは、あのミケランジェロの口からも出ています。
「大理石の中に天使が見える。私は彼を自由にさせてあげるまで彫るのだ」
いみじくもこの仏像や天使と芸術家との関係性は、生徒や学生と教師との関係に似ているように思われます。内に隠れている潜在的な能力や才能に皆さんが気づき、発見し、現実のものとする、その手伝いをするのが私たちの務めだからです。大学生活の中で、自分と出会い直し、内に宿る才能を中核として、言葉をあやつる能力、仲間と協働する姿勢、社会的課題に挑む心構えを身につけ、本学が提唱する「世界を動かす人(社会を動かす人)」になっていただきたいと思います。福岡女子大学は、そのために環境を整え、体験の場を提供し、運慶やミケランジェロに相当する教職員が皆さんを支援するべく待ち受けています。
本学にはユニークと称する特色があり、この特色ある教育を通して、女性リーダーを育成しようとしています。特色の一つは文理統合教育です。今、社会は文と理の知見を融合する人材を求めています。福女大では、文理統合教育を重視し、その基盤の上に専門知を極めるよう仕組みを整えています。また専門課程においても、横断的に他領域を学ぶ副専攻制度も準備しています。
第二に、いずれの大学にも劣らない言語教育(特に英語教育)があります。私たちは自分の言葉をとおして世界を切り分け、理解しています。言葉なくして、世界を見ることはできません。語彙を豊かにし、論理的に思考を組み立て、明快かつ簡潔に自己を表現し、併せて共感する感情豊かな言葉遣いが出来る、これが本学の求める学生像です。
第三に、多文化理解と多元的なものの見方ができるように、初年次全寮制を敷いています。全国の学生たちの中で、皆さんが享受できる特権と言えます。ヨーロッパにおける大学の始まりは、学生と教師とが寝食を共にし、互いに学び合う組織でありました。学生は出身地に応じて、ネーション(いわば県人会ですが)を組織して、絆を強め、友好を図ったのです。日本で「大学」と呼ばれた教育組織の始まりは、奈良時代における貴族の子弟のための官僚養成機関でありました。ヨーロッパの大学は、学ぶ者と導く者との契約のもとに成り立ち、互いに学び合う組合でした。したがって、日本の小?中?高?大学のように順次、学習レベルが高位になることを示唆する名称になっていません。英語では大学をユニヴァーシティ(university)と言いますね。この単語を分解すれば、uni=one「一つ」、vers(ity)=turned「~になった(転じた)」です。つまり、ユニバーシティとは、「学生、教員、それに加えて卒業生が一つになった、一つにまとまった集団?組織」という形態を意味するものです。この原点にたち戻り、国籍を超え、様ざまな文化的背景を持つ学生たちが共住し、互いに切磋琢磨し合う環境を福女大は提供しているのです。この意図をしっかり理解してください。
第四に、評価の高いキャンパスの国際化です。学生の派遣と受入が活発に行われています。キャンパスで留学生と交流を図るとともに、力を蓄えて、海外研修や留学を実現し、グローバルな視野を持つ人になってください。そして身をもって、多様な人、文化、価値観を自身の身に包摂できるよう努めていただきたいと思います
もうひとつ大事な特色があります。自明のことですが、本学は女子のための大学であることです。百年前、九州帝国大学は未だ女子の入学を認めていませんでした。福岡の婦人たちがこの地に高い教育の機会を求めて、立ちあがったのです。時の知事はこの運動に理解を示し、女子高等教育機関の設置を議会に提案しますが、否決されます。しかし数年の時を置いて再度提案し、晴れて公立として全国初の女子専門学校の創設が叶いました。一九二三年のことです。女性による女性のための学校の誕生です。この気概は、本学百年の伝統の底流に流れ、「ないものを描く、ないものは創る〈女性〉」という大学の人材育成像となっています。今なお女子大学であり続ける意思と力はここにあり、学生、教職員、卒業生の拠りどころです。入学を果たされた皆さんにも、この福女大スピリットを持っていただくこと、これが本日の大きな約束事です。
本学は、社会から高い評価を受ける大学です。入学を勝ちとられた皆さんには、この評価を一層高めるよう充実した学生生活を過ごしていただきたいと思います。その際、男女共学の大学にはなくて、女子だけで学び合う、女子大学の強みを意識していただきたいと思います。
そのヒントは、本学が社会人女性を対象に主催する研修会において、参加者が述べた感想の中にあります。
「… 女性だけを集めることの意味、それって本当に正しいのかな、というところを含めて、最初はどうなのかなと考えていましたが、この空気の中で、不安の要素なく発言ができて、すごく共感してもらったりしたことが、非常に大切な経験だったなあ、と思います。
その一方で私たちが実際に社会に出ていくときには、こんなに恵まれた環境ではなく、ほぼほぼ男性社会の中でどう振舞っていくかというところが、実践になっていくのかなと思うと、教わったことを活かしつつも、自分自身の環境のなかで、これを応用していかないといけないなと思いました。」
女性だけが集まる安心?安全な環境で、各人が持つ潜在能力を互いに引き出し、女性同士でためらいなく男性中心の社会のありようを観察し、課題を得て、時にリーダーとなり、時にはフォロワーとなるリーダーシップを身につける場が女子大学であることを教えてくれています。女子大学にあっては、女子が率先して発言し、行動しない限り、事が前に進まないのです。世の中は、今なおホモソーシャルな社会です。それを自覚の上、在学中に冷静な目で社会を観察し、課題をみつけ、言葉を鍛え、発案することを覚え、そして行動のスタイルを身につける、そのような場として福女大を意識していただきたいと思います。
福岡女子大学の学生としての誇りを持ち、寮生活の中で仲間意識を育み、学習とサークル活動(是非、何かのサークルに加わってください)を通して、豊かで刺激に富む大学生活を過ごされることを祈念して、式辞といたします。
令和七年四月三日
福岡女子大学学長 向井 剛
※1 二〇二四年十二月十八日朝日新聞『折々のことば』より
※2 二〇二四年十月十一日朝日新聞『折々のことば』より
※3 二〇二五年二月十七日朝日新聞『折々のことば』より
※4 二〇二四年九月二十六日朝日新聞『折々のことば』より